PCエンジンのCD-ROM²が切り拓いたゲームサウンドの可能性:CD音源と内蔵音源の融合
ゲームサウンドの新たな夜明け:PCエンジンのCD-ROM²
1980年代後半から90年代初頭にかけて、家庭用ゲーム機は技術的な進化を遂げ、表現の幅を大きく広げていきました。ビジュアル面では多色化やスクロール機能の強化が見られましたが、サウンド面においても大きな転換点が存在します。その一つが、1988年に日本電気ホームエレクトロニクス(NECホームエレクトロニクス)がPCエンジン向けに発売した周辺機器、「CD-ROM²システム」でした。
CD-ROM²システムの登場は、それまでのゲームサウンドの常識を覆す可能性を秘めていました。それまでのゲーム機は、内蔵された音源チップによって生成される矩形波、三角波、ノイズ、そして機種によってはFM音源や波形メモリ音源といった限られた音色と発声数で楽曲や効果音を奏でていました。これらの音源は、容量の制約が大きいROMカートリッジにおいては非常に効率的でしたが、表現力には限界がありました。しかし、CD-ROM²は、その名の通り音楽CDと同じフォーマットであるCD-DA(Compact Disc Digital Audio)による音声再生能力と、大容量のデータ記録領域をもたらしたのです。
CD-DAによるサウンド革命とその課題
CD-DA形式でゲーム中に音楽を再生できるようになったことは、ゲームサウンドに高品質な音楽を取り入れることを可能にしました。当時の最先端のシンセサイザーで作成された楽曲や、生演奏を録音した音源ですらゲーム中で使用できるようになり、これはプレイヤーに強い印象を与えました。特にゲーム開始時や重要なイベントシーンで流れる高音質な音楽は、ゲームの世界への没入感を飛躍的に向上させたと言えます。まるで映画やアニメーションのようなリッチなサウンドトラックがゲームで実現可能になったのです。
しかし、CD-DA再生にはいくつかの技術的な課題がありました。最大の課題は、ゲーム中のあらゆる音(BGM、効果音、キャラクターボイスなど)をCD-DAだけで賄うのが現実的ではなかったことです。CD-DAは基本的に連続的な音声データを再生するため、短い効果音を必要なタイミングで瞬時に再生したり、複数の効果音を同時に鳴らしたりする用途には不向きでした。また、CD-ROMからのデータ読み込みには時間を要するため、頻繁なシーク(読み込み位置の移動)はゲームのスムーズな進行を妨げる可能性がありました。
内蔵音源との融合が切り拓いた最適解
この課題を解決するために、多くのCD-ROM²対応ゲームで採用されたのが、「CD-DAによる音楽再生」と「PCエンジンの内蔵音源による効果音や一部の短いフレーズの演奏」を組み合わせる手法でした。
PCエンジンの内蔵音源は、6チャンネルの波形メモリ音源と、2チャンネルのノイズ音源(またはADPCM音源として利用可能な場合あり)を持っていました。波形メモリ音源は、あらかじめ定義した波形データを繰り返し再生することで音を生成する方式です。FM音源のような複雑な音色変化の生成は難しい反面、比較的自由な音色を作成できる柔軟性がありました。開発者はこの内蔵音源を活用して、効果音、短いジングル、あるいはCD-DAのBGMに合わせて鳴らす補助的なフレーズなどを生成しました。
この組み合わせにより、開発者は高品質なBGMをCD-DAで再生しつつ、ゲームの状況に応じてリアルタイムに多様な効果音を鳴らすことが可能になりました。例えば、ドラマティックなBGMをCD-DAで流しながら、敵を倒したSEや武器の効果音、キャラクターの短いボイスなどを内蔵音源で鳴らすといった表現です。これは、当時のスーパーファミコンやメガドライブといったカートリッジ主流のハードでは容量や音源チップの性能的に難しかった表現の幅を大きく広げました。
開発者の工夫と表現の進化
開発者は、このCD-DAと内蔵音源の融合を最大限に活かすために様々な工夫を凝らしました。
一つは、容量の大きなCD-DAトラックをBGMに使い、効果音や短いボイスには容量効率の良い内蔵音源を割り当てるという役割分担です。これにより、大容量というCD-ROM²の利点を活かしつつ、ゲームプレイのインタラクティブなサウンド演出を損なわないバランスを実現しました。
また、内蔵音源である波形メモリ音源の特性を活かした音作りも行われました。短い波形データを工夫することで、PCM音源に近いクリアな音や、独特の響きを持つ音色を作成することが可能でした。これにより、CD-DAの高品質な音楽と内蔵音源の効果音が、違和感なく共存するサウンドデザインが追求されました。
さらに、CD-DAの再生と内蔵音源の演奏をゲームの進行と精密に同期させるためのプログラム技術も重要でした。場面転換に合わせてCD-DAトラックを切り替えたり、特定のゲームイベントに合わせて効果音を鳴らしたりといった制御は、当時のハードウェア能力や開発環境において容易なことではありませんでした。開発者の技術力とサウンドデザイナーの創造性が組み合わさることで、印象的なサウンド表現が多数生まれました。
これらの技術と工夫は、『天外魔境II 卍MARU』や『イースI・II』といったタイトルで特に顕著に表れています。壮大なオーケストラ風の楽曲や、感情豊かなボイスがCD-DAで再生される一方、ゲーム中のアクションに合わせて軽快な効果音や短いフレーズが内蔵音源で鳴り響き、当時のプレイヤーに強いインパクトを与えました。これらの作品は、CD-ROM²がもたらしたサウンド表現の可能性を示す好例と言えるでしょう。
その後のゲームサウンドへの影響
PCエンジンのCD-ROM²システムが切り拓いた、高品質なリニアPCM音源(CD-DA)と、ゲーム機内蔵のプログラム可能な音源を組み合わせるという手法は、その後のゲーム機開発にも影響を与えました。メガドライブのメガCDや、PlayStation、セガサターンといった次世代機では、より高機能なPCM音源チップが内蔵されるようになりますが、CD-ROMやそれ以降のメディアによる大容量化は、ゲームサウンドにおける「録音された音(PCM)」と「合成された音(内蔵音源)」の役割分担や、それぞれの活用方法に関する模索を加速させました。
PCエンジンのCD-ROM²は、単に「CD音源を使えるようになった」というだけでなく、容量と音源チップの特性を理解し、CD-DAと内蔵音源をいかに効果的に組み合わせるかという、当時の開発者たちの創意工夫と技術的な挑戦の歴史でもあります。そのサウンド表現は、当時のゲーム体験を豊かに彩り、多くのプレイヤーの記憶に深く刻まれていることでしょう。